片づけが得意な私が片づけを学んだ訳②

花とお茶 私と家族

こんにちは。

 

お片づけを味方に付けて
家族みんなのごきげんな毎日を!
大阪/高石市の整理収納アドバイザー
佐野裕香子です。

 

 

片づけが得意な私が
片づけを学んだ訳

 

前回はその①ということで
私が3ヵ月半にわたって
家を空けることになった理由まで
お話ししました。

 

前回の記事はこちらから↓

片づけが得意な私が片づけを学んだ訳①

 

その②では私がいないわが家が
どうなったかについてのお話です。

 

私の状態

緊急搬送された私はというと…。

24時間点滴につながれ、
歩いていいのは2m先のトイレだけ。
すべてのことはベットの上で、
面会はオットのみ。
「すぐ帰ってくるからね」と言い残した長男にも
7週間会えませんでした。

 

動いたら出産してしまう、
出産したら赤ちゃんの命が危ない、
1日1日がとても長く、つらい時間でした。

 

モノの在りかを知る人は誰?

私が長期入院をすることになって
1番大変だったのはもちろんオットです。

 

家のことは私に任せっきりだった彼は
私や子どものモノはもちろん
自分のモノですらどこにあるかが
はっきりわからない状態でした。

 

むしろ長男の方が自分のモノの在りかを
把握できていたくらいです。

 

そう、家の中のいろんなモノは
私しか在りかを知らなかったのです。

 

何か必要なものがあると
その都度オットからメールが入り

「どこそこの〇段目の引き出しの中」
「ネットで注文しとくからそれを使って」

など絶対安静のベットの上から
メールと電話で指示する日々でした。

 

3ヵ月半主婦が家を空けたらどうなったか

私が入院したのは2月の中頃。
退院したのが5月の終わり。

 

季節は冬から初夏に変わり、
長男は年少から年中に進級しました。

 

衣類が変わり…
寝具が変わり…

年度替わりで幼稚園から持ち帰ったモノや
書類の数々…。

オットも頑張ってくれたのですが
家の中はモノであふれかえりました。
泥棒が入ってもわからないくらい
散らかった、いわゆる汚部屋。

 

とてもじゃないけれど、
新生児を迎える状態ではありませんでした。

 

 

退院してからのお話。
③に続きます。

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